縁日
2月に表参道のピンポイントギャラリーで開かれた100人展『日本百景展』で展示していただいた絵です。テーマは、“日本のどこかの いつかの 風景”で、夏の縁日の絵を描きました。(手元に戻ってきたあと、なんとなく物足りないように感じたので少し描き足しました。)



『縁日』

1
ある夏の夕暮れ時、太郎とおじいさんは二人で近くの縁日へ行きました。
神社の鳥居をくぐるときおじいさんが言いました。
「タロベエ、もしもはぐれちゃったら、土俵の横の大きな木の下に行くんだよ。そこで落ち合おうな」
神社の奥まった一角には子どもの相撲クラブの子たちが練習に使っている、古い、しっかりとした相撲場がありました。その相撲場の向こうには大きなクスノキの木が1本立っていました。今日は縁日なので相撲クラブはお休みで、お相撲場の周りには夜店も出ないので、そこは静かな一角となっていました。
2
太郎は金魚すくいに見とれていました。
ふと気が付くと、おじいさんの姿がありません。ランプに照らされているたくさんの顔はみんな知らない顔でした。太郎ははきょろきょろとせわしなく目を動かしながら、間を縫って、間を縫って、おじいさんと約束をした相撲場の方へ急ぎました。
3
真っ暗です。まだおじいさんはいないみたい。土俵がいつもより大きく見えました。
(あれっ。土俵の脇のベンチに誰かいる)
太郎はさっと身をかがめて、土俵の陰に隠れました。
(誰だろう?)
太郎がそっと顔を覗かせたそのとき、ポン!と気持ちの良い音を立てて、こだぬきがラムネの栓を抜きました。
4
ふわぁーっと青いけむりが広がりました。
(こぎつねとこだぬきだ)
さっき欲しいと思いながら欲しいと言えなかったりんご飴やかざぐるまやいろいろなきれいなものが、青いけむりと共に夜風に舞っていきました。太郎は初めて見る不思議な魔術を見ているような気持ちで上っていくけむりを目で追いました。
5
「タロベエ」
ふいに後ろから声がしました。振り返ると、暗闇の中からおじいさんが現れました。
「大丈夫かい。ちゃんと来られてえらかったな」
太郎が前を指差すと、もうそこには、こぎつねもこだぬきもいませんでした。驚いて目をぱちくりさせながら立ち上がって夜空を見上げると、あっ!暗闇の中を金魚がゆらゆらと揺れながら泳いで行くのが見えました。金魚は遊んでいるようでした。
「何か買ってあげるよ」
おじいさんが言いました。太郎はラムネを1本買ってもらいました。自分で開けたいとも思ったけど、瓶の栓はお店の人が慣れた手付きで開けました。飲むとき、こぎつねとこだぬきが、どこかで見ているような気がしました。
(おしまい)

2020/04/15 17:12 | Comments(0) | イラスト

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